相続人の誰かひとりに全部の遺産を与えたいときは、どうすればよいでしょう。
まず相続放棄が思いつきます。
相続放棄をした者は、初めから相続人とならなかったものとみなされますので、相続させたい者を除く全員が相続放棄をすれば、ひとりだけに遺産を与えることができます。
次に、誰かひとりに全部相続させる遺産分割協議をすれば、ひとりだけに遺産を与えることができます。
さらに第三の方法として、相続させたい者を除く全員が相続分なきことの証明書をつくれば、遺産分割協議と同様の効果が得られます。
三番目の方法は、家庭裁判所で申述する必要もなく、分割協議というやっかいな手続も不要なため、実務上かなり使われています。
では相続分なきことの証明書はどの程度効力があるのか、分割協議に代えて行ってしまうと、もはや再度の協議はできないのかが争われました。
この事案では、一度相続人のひとりに土地全部を相続させ、その後再分割するつもりで相続分不存在証明書(相続分なきことの証明書)を各相続人に交付し、持ち回りによって遺産分割協議に代えました。
しかし再分割した土地を、小さいころから家を出て、被相続の面倒すらみなかった者にも与えるとの結論となった。この結論に他の相続人は絶対納得同意できないとして、分割協議の不成立を主張したものです。
裁判所は、遺産分割協議が成立するためには、相続人全員の合意が要件である。
この合意が成立するためには必ずしも全員が一同に会することは必要ではないが、持ち回りで分割協議をなす場合は、分割の内容が確定しており、そのことが各相続人に提示されることが必要であるとして分割協議を不成立としました。
つまり、相続人のひとりが遺産の全部をもらうことまでは他の相続人は知っていたが、最終的にどのように再分割するかまでは知らされていなかったということです。
遺産分割協議は、相続分なきことの証明書を使っても、持ち回りであってもかまわないが、最終結論となる着地点まで全ての相続人に知らせないと、手続的に不完全なものになってしまう。
これは相続分なきことの証明書の有効性というより、遺産分割手続上の問題かと思われますが、簡便な方法ゆえ分割協議の原理原則を軽んじてしまったといえます。
他にも、相続分なきことの証明書の内容が虚偽だったケースについて分割協議が不成立とされた例などがあり、さらに当該証明書の有効性について多くの判例があります。
そもそも相続分なきことの証明書は、生前贈与を十分に受けた相続人が、自ら相続分がないとことを主張する事実証明にかかる文書です。
便宜上多用されていますが、相続放棄と違って負債は相続することになりますので注意が必要です。
また本事案のように、分割協議の基本的ルールや手続を無視するのは論外ですので、例え簡便な方法とはいえ慎重に扱う必要があります。